Photo by Mark Hawkins
こんにちは。谷口です。
最近、どことは言えませんが会社(IT系ではない)が倒産してしまった友人に会ってきました。
友人は「自分の会社は大丈夫だと思ってたのに、急に経営が傾いてしまった」と言っていましたが、paizaに登録しているエンジニアでも、同じように「大企業だから安定していると思って入社したのに、急に会社が傾き出した」「自分の会社だけは大丈夫だと思っていたので、転職なんか考えたこともなかった」と言う方はいらっしゃいます。
「うちの会社は大丈夫」「大手だから大丈夫」と無意識に思い込んでいる人は結構多いようですが、よく考えてみるとこの「大丈夫」には何の根拠もありませんよね。今や大手の家電メーカーでも簡単に傾きますし…いろいろな会社が急に倒産したり記者会見したりしています。
永続的な安定が保障されている会社なんてこの世に存在しないのに、なぜ「自分だけは大丈夫」だと思ってしまうのでしょうか?そして、エンジニアにとっての本当の安定って、どんな状態のことなんでしょうか?今回はこれについて考えてみます。
【目次】
■なぜみんな「自分だけは大丈夫」と思うのか?
社会心理学などに、「多数派(集団)同調バイアス」という用語があります。簡単に言うと、都合の悪い情報や危険を察知しても、周りが動いていないと「みんながそうしているから大丈夫」ととらえてしまう心理状態です。
1950年代に、心理学者ソロモン・アッシュが同調に関する興味深い研究を発表をしていました。
指示通りのカードを選ばせる簡単な問題を出題して、周りの人たち(※あらかじめ仕込まれたサクラ)が明らかに間違ったカードを選んでいた場合、被験者はどのカードを選ぶのか?という実験をしたところ、被験者の75%は少なくとも一度以上は周りのサクラの回答、つまり明らかに間違っているカードを選んだそうです。集団の力というのは、個人を同調させるにはかなり効果がありますね。
もちろん、それで集団全体がよい方向に進める場合ならよいのですが、前述の実験みたいに、正誤や問題察知よりも同調の方が強く働いてしまうと、危険なケースも多々あるかと思います。
自分の都合に悪い情報や危険な気配を察知しても、自社にいる周囲の人たちだけを判断基準にして
- 周りに転職経験のある人なんかいないし、転職なんか考えなくて大丈夫。転職してわざわざレールを外れるのはよくないことだ。
- 上司や先輩が「ここでやっていけないならどこに行っても同じ」「○年は続けないとどこも採用してくれない」と言っているから、きっとそうなんだろう。
- みんなが言うにはこの会社は安定しているらしいから、ずっとここにいれば大丈夫でしょう。
といったことを、無意識に思い込んでいる人たちは、多数派同調バイアスに近い心理状態かと思います。
社外の情報も入ってこない状況で、何の保証もないのに「社内はみんな同じ状態だから」というだけで安心していると、身近に危険が迫ってきたときに気付けないかもしれません。
■外の世界を知らないエンジニアが危険な理由
◆自社に不満や不都合があっても辞めづらくなってしまう
「今の会社に何の不満もないから、このままここで働き続けたい!」という人ならよいかもしれません。が、「100%希望通りの仕事ができているので、何の問題も不満もない!」なんて人、ほとんどいないのではないでしょうか。
それに、もし今の仕事に不満がなかったとしても、それが未来永劫変わらないかというと、そんなはずありませんよね。この先、会社の都合で担当プロジェクトや配属先が変わるかもしれないし、それによって労働環境や待遇も変わるかもしれません。
自分の会社に大きな不満があったり、労働環境が劣悪だったりしても、「ここ以外にもいろいろな企業がある」という情報を知らないと、「別の会社へ行く」という選択肢が出てきません。「ただ耐え忍ぶ」一択になってしまいます。
同じ会社の仲間だけを見て「みんなもやってるから」とか、転職活動もした経験ないのに「どこへ行っても一緒だから」と思って耐え続けると、いずれは追い詰められてしまいます。(なぜか転職経験のない人ほど「どこに行っても一緒」って言いますよね)
もちろん仕事をしていれば、課題や壁にぶつかることは多々あります。ただ、自分で解決できない会社への不満や劣悪な労働環境は、耐え続けて潰れてしまうより、とっとと自分に合う企業を探して移ったほうが効率的ではないでしょうか。
◆現職が傾いたら自分も一緒に傾いてしまう
転職に対して「新たに仕事を覚えなければならない」「人間関係を一から築かなければならない」ことを不安に思う人もいるかもしれません。ただ、それは最初にちょっと面倒なだけで、リスクとは異なります。そんなの会社内の人事異動でも多かれ少なかれ起こりますよね。
逆に、同じ場所で同じ仕事を続けていくのは楽ですが、異動もなく同じポジションにとどまり続けると、どうしてもスキルは広がりにくくなります。成長速度も鈍化していき、年齢相応に求められるスキルを身につけるのが難しくなっていきます。
ほとんどの人は何となく「今の仕事がこのままずっと続く」と思って働いていますが、そんな保障はどこにもありません。前の項目でも書いたように、会社の経営が傾いたり、会社都合で担当プロジェクトや配属先、労働環境などが変更になったりして、「希望する仕事じゃなくなってしまった…」といったケースもあり特ます。
そうなってから初めて自分のキャリアについて考えたり転職活動を始めたりしても、社外で通用するスキルを身につけてこれなかった人は大変です。今の会社に居続けるか、どうしても転職したいなら給与レンジを下げるしかない…という結末にもなりかねません。
◆自分のレベル感や市場価値を意識しないまま年齢を重ねてしまうと転職しにくくなる
年齢が上がったら転職できなくなる、というわけではありません。ただ、「年齢に応じて求められる要求が上がる」ために転職が難しくなってしまうケースはあり得ます。
ある程度の年齢を過ぎて一社しか経験のない人に対しては、面接官も「この人、今から新しい変化に対応できるのかな?」と不安を感じます。必ずと言っていいほど「今まで転職しようとは思わなかったのか?」「なぜあえて今から転職したいのか?」と突っ込まれます。
加えて、自分のレベル感や市場価値を正確に知らないまま年齢を重ねてしまうのも、転職の難易度を上げてしまいます。
たとえば、急に「40歳から違う分野に転職したいです!」と言い出した人に、「では、現在その分野で働いている40歳ぐらいの人たちはどんなスキルを持っていると思いますか?企業ではどんな人材が求められていると思いますか?」と聞くと、うまく答えられないというか「考えたこともなかった」と言う人がほとんどです。(給与レンジがものすごく下がってもいい覚悟があれば何とかなるかもしれませんが…)
年齢が上がって初めて「外の企業が求めるレベル感」と「自分のレベル」の相違を知っても、すぐにその差を埋めるのは難しいかと思います。
■エンジニアにとっての「本当の安定」とは何なのか?
安定を求めて企業に就職したはずなのに、今のご時世じゃそうでもないらしい…。自分の会社が傾いてきたら、どうしたらいいの?もっと安定している会社に移ればいいの?それはどの会社なの?
…と言いたくなるかもしれませんが、「エンジニアにとっての本当の安定」とは、会社に求めるものではなく、「常に別の企業にも入れるレベルの開発スキル」を持っておくことなのだと思います。
「シンプルプログラマー」の設立者であるジョン・ソンメズは、著書『SOFT SKILLS』において、「ほとんどのソフトウェア開発者は会社に属しているものの、私たちのスキルや取引は私たちのものであり、いつでもどこか別の場所に店を出すことができる」としたうえで、以下のように語っています。
ソフトウェア開発というあなたの事業の顧客として、雇用主を考えた方がいい。確かに、あなたの顧客は1件しかなく、あなたの収益はすべてその1件の顧客によるものかもしれない。しかし、あなたと会社の関係をこのように捉えると、あなたは会社に依存する力のない存在から自律的で自由な存在に変わる。
(中略)
事業として提供しているものについてこのように考えるだけで、自分のキャリアに対する見方に深い影響が及ぶ。事業者は、絶えず自分の製品を改定し、改良している。あなたもそうでなければならない。あなたがソフトウェア開発者として提供するサービスには、明らかな価値がある。そして、あなたは、その価値がどのようなものかということだけでなく、ゴマンといるそこらのソフトウェア開発者とあなたの価値がどのように違うのかということも伝えられなければならない。
(ジョン・ソンメズ著・長尾高広訳『SOFT SKILLS ソフトウェア開発者の人生マニュアル』日経BP,2016年,p.9)
ITエンジニアは、その開発スキルを企業(『SOFT SKILLS』で言うところの「顧客」)に提供し、対価を得る仕事です。本当に開発スキルのある人であれば、一つの顧客に依存し、そこが傾けば自分の人生も一緒に傾いてしまうなんてことはあり得ません。
例えば「一ヶ月後にうちの会社は潰れます」と通達があったとしましょう。慌てて転職活動の準備を始めたり、不安になったりする人はエンジニアとして安定しているとは言えませんよね。
ソフトウェア開発というサービスを提供できるスキルがあれば、次の顧客はすぐに見つかります。「じゃあ次の会社に行くわ」と言って、自分の条件に合った企業をピックアップし、面接を受け、次の行き先がすぐに決まる(しかも行き先を複数社から選べる)のが、本当に安定しているエンジニアの姿ではないでしょうか。
そのためにはやはり、「自分だけは大丈夫」「この会社なら大丈夫」などと根拠のない同調に流されるのではなく、「自分だけは大丈夫じゃないかもしれない」ぐらいの気持ちで
- ほかの企業でどんな開発スキルが求められているのか
- それに対して今の自分はどれぐらいのレベル感なのか
を把握しておくこと、それをもとに他社でも通用するレベルのスキルを身につけておくことが重要なのだと思います。
■まとめ
というわけで、エンジニアにとっての本当の安定について考えてみました。
勘違いしないでいただきたいのは、転職さえすればよいというものではありません。むしろ考えなしの転職は「後からこんなはずじゃなかった…」となりやすいので…。
ただ、今すぐ転職する・しないにかかわらず、日ごろから社内だけでなく社外の情報にも触れておくこと、そして自分のスキルの提供先を、自分で選べるようにしておくのが重要なのだと思います。
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