Photo by Tim Menzies
こんにちは。テクニカル・ライターの可知(@y_catch)です。
IT業界には多重下請けが蔓延しています。私の身近なところでも多重下請け構造の中で働いている人も居ますが、実際に体験した人や聞いたことがある人も多いと思います。たしかに多重下請け構造は、企業側にとって不可欠な仕組みとなっていますが、階層の下のほうで悪戦苦闘しているITエンジニアや、これからIT業界に参加しようとしている人たちにとっては、切実な課題だと思います。
そこで今回は、IT業界の多重下請け構造について解説しながら、ITエンジニアのキャリアプランについて、どのような方向性があるか整理してみたいと思います。
[目次]
- IT業界の給与格差
- 給与格差の元になる、IT業界の多重下請け構造
- IT業界は、どう人材を育成しているのか
- ITエンジニアにとってのメリットとデメリット
- ITエンジニアとして、ステップアップに必要な3つのポイント
■IT企業の給与格差
IT企業には、その企業規模に応じた給与格差が存在しています。
新しいITシステムを開発したり、既存のITシステムを作り直したりするIT企業は、活況を呈しています。経済産業省は、IT人材をめぐる現状について、「政府におけるマイナンバー導入のためのシステム開発や金融機関の大型システム開発のピークが2015年に到来し、2020年に向けて、これに対応するためのIT人材不足が叫ばれている」(IT人材を巡る現状について)としています。スマートフォンやクラウドを活用したネットサービスなど、新たなビジネス開発も広がりを見せています。
一方で、いまや同じ会社に長年勤めても、十分に給料は上がらない時代です。国税庁が毎年公開している民間給与実態統計調査の平成26年分調査などによれば、正規社員・非正規社員を含めた平均給与(給与・手当+賞与)は、15年に渡って横ばいを続けています。
グラフ1:平均給与の変化(1999年 - 2014年)
そんな中で、IT業界の給与はどうでしょうか。業界別の平均給与を見ると、IT企業が属する情報通信業は、電気・ガスや金融についで第3位になっています。
グラフ2:業界別の平均給与(2014年)
しかし、情報通信業の事業所規模別の平均給与を見ると、30人以上と100人以上の間に大きな格差があります。10人未満では、さらに平均給与が低くなっています。
グラフ3:情報通信業の事業所規模別の平均給与(2014年)
IT系上場企業の平均給与は、情報通信業の事業所規模100人以上の平均給与よりかなり高くなっています。たとえば、野村総合研究所で1089万円、三菱総合研究所で965万円、電通国際情報サービス(ISID)で867万円という具合です。これは、エンタープライズITブログのPublickeyが調査した「IT系上場企業の平均給与を業種別にみてみた 2015年版[後編] ~ パッケージベンダ、SIer、ホスティング企業」によるものです。
一体、なぜこのような格差があるのでしょうか。
■給与格差の元になる、IT業界の多重下請け構造
このようなIT企業のうち、大きな割合を占めるのが、システムインテグレータやSIerと呼ばれる企業です。顧客企業の依頼を受けて、オーダーメードでシステムを開発する、いわゆる受託開発企業です。
このような企業群は、次のような多重になった階層構造を持っていると言われています。
まず、1次請けとかプライムと呼ばれる、お客様と直接システム開発契約を結ぶ企業があります。最大手のNTTデータ・CTC・TIS、コンサル系の野村総合研究所・三菱総合研究所、メーカー系の富士通・日立・NEC・東芝などがあります。土木・建設業界にならって、ITゼネコン(ITゼネコン - Wikipedia)とも揶揄されます。
その下に、1次受けから業務を受ける2次請け企業があります。これには、1次請けのグループ企業や独立系の中堅SIerが該当します。そして、さらにその下に3次請けとなる中小のSIerが存在しています。はては、その下に7次請けくらいまで存在していると言われており、IT土方(デジタル土方 - Wikipedia)と揶揄されています。
もちろん、2次請け・3次請け以降の企業が、規模の小さな開発案件を直接受注することもありますが、営業力が高くないため、さほど受注件数は多くありません。発注元も、システム開発に慣れてなく、プロジェクトが紛糾することも良くあります。
【図1:IT業界の多重下請け構造】
さて、システム開発のプロセスは、「要件定義」>「基本設計」>「詳細設計」>「開発実装」>「動作試験」>「本番稼動」>「システム運用」と進んでいくのが一般的ですが、この各ステップに、多重下請け構造が対応しています。
【図2:多重下請け構造と開発プロセスの対応】
そのために、上位の1次請け・2次請け企業のエンジニアは、実際に開発実装に携わることはほとんどありません。ためしにSIerの中途採用ページを見ると、プログラマーの募集はなく、ITアーキテクトやプロジェクト・マネージャなどばかり募集されていることがわかると思います。こういったエンジニアは、Excelで仕様書やガントチャートを書き直してばかりいたりします。しかし、プログラミング経験が乏しいエンジニアが仕様書を書くと、仕様書の精度が低くなりがちで、プロジェクトに手戻りが発生したり、見積もりが甘くなるため、デスマーチになりやすくなります。
先ほど見たように、1次請け・2次請けの企業の平均給与は、かなり高くなっています。つまり、情報通信業の事業所規模別による格差は、この1次請け・2次請けと3次請けの格差であると考えられます。
このような格差は、2つの要因があるのではないかと思います。まず、基本設計や詳細設計の付加価値が高く、プログラミングの付加価値が低いというように市場の評価にギャップ(誤認識)があること。次に、1次請け・2次請けの平均年齢が高く、安定して継続的に雇用されているのに対して、3次請け以降は単価も安く、かつ平均年齢も低いため、平均給与が上がらないということです。
とはいえ、これを追求しても、話がややこしくなるだけなので、ここまでにしておきましょう。
■IT業界は、どのように人材を育成しているのか
さて、IT業界は、どのように人材を育成しているのでしょうか。
1次請けや2次請けでは、情報系学部の人材ももちろん採用しますが、情報系学部でない理系人材や文系出身者も採用して、システムエンジニアとして育成しています。
経済産業省は、日本の大手IT企業の協力を得て、高度なITスキルを備えたITエンジニアを育成するため「ITスキル標準」を作成・公開しています(ITスキル標準関連:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構)。これを読むと、ITアーキテクトやプロジェクト・マネージャといった、1次請け・2次請け企業が採用しようとしている人材が、どのようなスキルを備えて、どのような役割を期待しているかが理解できます。また、企業内での人材育成プランなども、このITスキル標準に準拠していたりしますし、情報処理技術者試験のレベルも、このITスキル標準に対応しています。
しかし、プログラミングに関する研修は、新人研修のときにほんの少しあるだけ。プログラミングと同じくらい、プレゼンテーション研修があったり、先輩社員がExcelのショートカットについて自慢したり、なんて話もあります。そのあと、OJTと称して、現場に実戦投入されます。
【ITスキル標準 V3 2011(一部)】
一方で、3次請け以降の企業では、IT系の専門学校や工業高校の人材を新卒採用したり、未経験者を中途採用したりしています。そして、半年ほど研修を受けさせて、2次請けの開発プロジェクトの一部に投入したり、人材派遣として送り出したりします。実際、転職情報や人材派遣サイトを見ると、システム開発系で「未経験OK」「学齢不問」とか「勤務先はプロジェクト先による」となっているものが、かなり見つかります。
このような企業で請負う仕事は、未経験でも実施できる膨大な動作確認や帳票の実装など、技術力がさほど求められない単純作業か体力勝負がほとんどです。
そのため、受けられる研修の内容も、技術レベルが一番低い人に合わせたものになりがちです。これはレベルの高い人に合わせてしまうと、できる人できない人が出てきてしまい、人集めというビジネスがそもそも成り立たなくなってしまうためです。
研修の内容は、「コンピュータはなぜ動くのか」とか「はじめてのJava入門」みたいな本を渡されて放置。内容がわからず質問すると、「まずググってね」とか「質問を全部まとめてから聞いてね」といわれたというエンジニアもいました。
実際のビジネスのほうも、偽装請負(http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/roudousha_haken/001.html)や二重派遣(http://manabu.metro.tokyo.jp/haken/selection/value/value-q02.html)に手を染める企業がまだまだ存在しているという声もあります。
結局のところ、3次請け以降の主な役割は、システム開発に必要な単純作業をさせる人間を集めること。1次請け・2次請けが抱えるとコスト高になる人材の調整弁に過ぎません。技術を請負う企業のように見えて、実は、技術レベルでは最低限なまま、人海戦術に対応しているのです。そして、開発プロジェクトが終了すれば、企業ごと切り離され、人材は使い捨てられることになります。
■ITエンジニアにとってのデメリットとメリット
多重下請け構造の中で働く場合には、たくさんのデメリットがあります。
まず1次請け・2次請けの場合、経済産業省や企業が用意したようなITスキル標準では、技術の進歩に追い付くのが難しいという問題があります。そもそも新技術自体が体系化されていませんし、研修や教材が存在していません。
また、3次請け以降の場合、人材は使い捨てになりがちです。
研修はしてくれるかもしれませんが、それはエンジニア個人の技術力向上のためではなく、スキルを最低限度にそろえるために過ぎません。会社として新しい仕事を受注するため、現在の開発プロジェクトを継続するためでしかないのです。本当に技術力が向上したら、単純作業が多い3次請けからは転職してしまいますし、単価が上がるため単純作業系業務の受注も難しくなります。つまり、その企業にとって、全体の人材レベルが向上しないほうが好都合なのです。
このような多重下請け構造の中で、ITエンジニアが働くメリットはあるのでしょうか。
メリットがあるとすれば、大学で文系学部だった人や理系だけど情報学部でなかった人、業界未経験の人でもITエンジニアとして、IT業界で経験を積むことができるという点につきると思います。自分がこの業界に向いているかどうか適性も分かりますし、業界内にどんな企業があるのかといった業界動向も把握できるからです。何より「業界未経験」では無くなり、次のキャリアアップにも対応できるようになるでしょう。
このようなメリットを受けるには、次の2つのパターンがあるでしょう。
ひとつは、大学で文系学部だった人や、理系だけど情報学部でなかった人の新規採用です。1次請け・2次請け企業に新卒採用で入社するといったケースが考えられます。この場合に求められるのは、高度なエンジニアリング能力というより、顧客企業についての業務知識やプロジェクトマネジメント能力になりますが、高い平均給与と比較的安定した企業環境を享受できるでしょう。
未経験の中途採用者であれば、3次請け企業に採用されるというケースが考えられます。たとえば、転職サイトで、システム開発系の未経験者OKとなっているような企業の募集です。たとえば、半年くらいの業務研修を受けて、2年くらいJavaの経験があるというふれ込みで、2次請け企業の開発プロジェクトに参加するといった例です。
【図3:IT企業で働き始めるパターン】
一方で、ITエンジニアが使い捨てになるというデメリットを回避するためには、ITエンジニア自身が、スキルアップを目指して自己投資することが不可欠です。特定企業で目先の担当業務に関係する勉強だけしてもタコ壺化するだけです。その業務が、10年・20年と安定しているとは限りません。そもそも、自分で手を動かさないと技術は身につきません。何より、自分のスキルアップのために行動を起こしていない人は、転職時にも評価されません。
■ITエンジニアとして、ステップアップに必要な3つのポイント
では、このようなIT業界のメリット・デメリットを考慮すると、ITエンジニアのスキルアップには、どのような方向性が考えられるでしょうか。
◆自社内開発や自社サービスを目指す
エンジニアとしては、手ごたえ感じられる、働きやすい環境を望む人が多いと思います。それには、ビジネスとエンジニアリングの距離が近いほうが良いでしょう。そのひとつが、自社プロダクトや自社サービスの開発です。エンジニア自身のスキルアップが、企業としての競争力に直結しやすい領域でもあります。
特に、ネットサービスなどは、スクラップ&ビルドにより、競争も変化も激しくなっていますが、ビジネスが伸びていくほどエンジニアを抱えやすく、継続的にシステムを刷新できるでしょう。
◆35歳までに、もうひとつ得意なものを持つ
本当に技術を極められるのは、ごくひと握りの人材です。多くの場合、技術力だけでは、継続的に給与は上がりません。中途採用の場合、求められるのは即戦力です。
とはいえ、エンジニアにとって役に立つのは、技術力だけではありません。インフラ運用、マーケティングや企画、ログ分析など異なる分野のスキルと技術力も評価されます。特定の業種・業界の知識やシステム開発経験、特定業務のナレッジなど役に立つ情報もたくさんあります。
技術力と得意分野を組み合わせれば、他の人との大きな差別化やセルフブランディングにもつながります。
◆自分の能力・実績を社外と比較する、アピールできるようにする
同じ企業に長く務めていると、その企業でしか通用しない社内ルールや人脈について理解は深まりますが、視野が狭くなりがちです。なぜなら、自社のほんの一部の業務にしか関わっていなかったり、客観的に比較する機会が少なかったりするためです。また、単なる飲ニケーションやタバコ部屋談義が得意になっていただけだったり、社外との人脈が豊富だと思っていたけど、所属企業の看板や肩書きがないと効果を発揮しなかったり、というのも良くある話です。
そこでまず、自分の能力や実績を社外と比較しておくことが重要です。勉強会に出席したり、身の回りのエンジニアや転職経験者の話を聞いたりするのもひとつの手段です。IT系の資格試験も基本的な評価基準として分かりやすいのですが、技術のほうが早く進化していることもあります。たとえ自社では採用するとは思えなくても、技術動向の把握は不可欠でしょう。
また特に、次の転職を意識している人は、社外でも評価される汎用的な能力を身につけたり実績を積んだりして、それを外部にアピールできるようにしておくことが絶対に必要です。
転職でも、30代後半になっても実績を上げていなければ評価されません。
■まとめ
技術の移り変わりは激しく、IT企業を取り巻く環境も大きく変化しています。そこに所属するエンジニアにも、時代の変化に対する追従が不可欠です。
一方で、新しい高度な技術に関する情報収集は容易になりましたし、低コストで簡単に試せるようになりました。
「エンジニアとして自分は何を追及するのか」を考えるとき、ご参考になれば幸いです。
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